PRELIBRI

2015.05.02

IMA FANd! 0502 『STILL LIFE』シリーズ

London 2004

 

『STILL LIFE』シリーズを撮りはじめたのは、2004年のロンドンです。

撮りはじめたころにはもちろん『STILL LIFE』というタイトルは影もかたちもなく、自分がどんな作品をこれからつくっていくのかもまだわかっていませんでした。

2004年のロンドンで私がやっていたことは、暗室通いと、EURO2004の観戦(この年の開催地はポルトガル。懐かしい)と、それからヨーロッパ各地へのショートトリップ。そして知り合った人の部屋を撮らせてもらうこと、でした。

 

そのころ書いていた日記を久しぶりにみてみたら(はてなダイアリーがネット上に残ってました。時代を感じます!)こんなことが書いてありました。

 

『ベルリンから帰った後、数人の友人からベルリンがそんなによかったのならベルリンで撮ってきた写真を見せてねと言われましたが、私はベルリンをみんなに伝えられるような写真を撮っていなくて、写真ていうのはそういうことを伝えることができなければ意味ないじゃんて思って、バーゼルではみんなにバーゼルってこんなところでした、と見せられるような写真を撮ってみようと思ったんだけど、ただ場所を伝えるような写真を撮っても私がこの場所で感じてみんなに伝えたいことが伝わる訳じゃなくて、こんなところに行ったよと、場所を記録する写真を撮るのはやはり違うんじゃないかと、と思ったりしています。結局この半年間はこんな風に考えてばかりで、あまり写真を撮っていないです。でも写真を撮らないでただ風景を見るのも、よいと思う。』

 

10年以上前から私は飽きもせずに同じことを考え続けているんだなあ! と我ながら思います。
それからこんなことも書いてありました。

 

『日常風景の中に過去の記憶やこれまでの伏線が一切ない場所で暮らすというのは、ほんと文脈のない生活って感じで。それでも今やだいぶここでの生活も日常化しているのでここが自分の土地ではないという感覚もなくなってきて、天気いいなあとか、夕食の支度がめんどくさいとか普通に思うんだけど、それがどこにも不時着しない。ここでは歩くたびに記憶を落とす、という感じがする。』


普通に考えたら写真に写せるはずのないもの、私自身の記憶や時間、そこで出会った人の記憶や時間、その土地の生活を包むその土地の記憶と時間、そういうものの交叉を、他の方法ではなくやっぱり写真で表現したいとしたら。

 

それから、日常はいつから非日常になり、非日常はいつから日常になるの? という問い。

そういうことをずっと考えているだな、と思います。

この写真集制作は、問いに解答を出すのではなく、問いを形にするという作業なのかも、と思います。



PRELIBRI 一之瀬